2019-03-13 第198回国会 衆議院 国土交通委員会 第3号
これをどう地域振興に生かしていくかということも大きな課題でありますけれども、私たちは、観光振興、地域振興、大事なことですけれども、やはりこの世界自然遺産を次の世代に、三十年後、五十年後、百年後もしっかり引き継いでいくことができるような取組が、郡民一人一人の、これは島民生活と連携した自然遺産なんです、これが大事なところだ、このように思っております。
これをどう地域振興に生かしていくかということも大きな課題でありますけれども、私たちは、観光振興、地域振興、大事なことですけれども、やはりこの世界自然遺産を次の世代に、三十年後、五十年後、百年後もしっかり引き継いでいくことができるような取組が、郡民一人一人の、これは島民生活と連携した自然遺産なんです、これが大事なところだ、このように思っております。
まさに、郡民運動といいますか、民族の運動のモデル的なものとして歴史に刻まれているわけであります。 その翌年の二十九年の六月に奄美群島復興特別措置法が制定をされ、そして三十九年には振興特別法、そして四十九年に振興開発特別措置法として変化をして今日に至っているわけであります。 その次の二十六年の改正時に、現行の奄振法の改定時に奄美群島振興交付金が創設をされました。
総理は、私に対して、双葉郡民は大事な国民ですとお答えをいただきました。しかし、今なお、早くそのようなことが来ればいいなと思っております。 〔理事川上義博君退席、委員長着席〕 あってはならない今回の事故は、人類が迎えてはならない大きな事故であります。双葉地方あるいは福島県の事故ではありません。是非、人類として共有を、悩みの共有をしていただきたい。
多くの双葉郡民も同じ気持ちであります。自分の人生設計、今後の再建の、再生の、再出発のやはり大事な賠償が一番先に来ますので、それらの訴えを毎日聞いております。 先ほども申し上げましたように、本当にお金がないんだよと町民からも言われております。双葉町としては、融資制度を設けて何とかしのいでもらいたいということで町民にはお願いをしている現状でございます。
双葉町の井戸川町長が、野田総理に双葉郡民は国民だと思っていますかと問いかけられたことを述べられ、町民は十三条の幸福追求権も二十五条の生存権も妨げられていると訴えられたことは重く受け止める必要があると思います。一たび重大事故が起きれば憲法のらち外に置かれるような原発と社会が共存できるかが問われております。
私は、野田首相に双葉郡民は国民だと思っていますかと聞いたけど、国は、アメリカにSPEEDIのデータを先に知らせて、国民にはSPEEDIのデータを提供していなかった。今もって双葉町はSPEEDIのデータは来ていません。あの情報が入っていたら仙台方面に逃げていますよと。あるいは、ベントの連絡もなかったと。
総理は双葉郡民を国民と思っていますかと私は聞きました。これは、情報を隠蔽され、被害が拡大したことを聞いたのであります。総理は大事な国民ですと答えましたが、私は棄民にされたと思っております。厳しい生活を続けている町民に痛ましいことが今発生しております。これ以上起きないことを毎日願っております。
なぜならば、私どもの町民にもあるいは郡内の郡民にも、もう四十年という長い時間、原子力発電所と付き合っております。もう東京電力の本店以上に内部に詳しい者が本当に多くいますので、どんな情報を出されても、ためらうことなく的確な行動ができたと考えております。むしろ、政権側で情報を料理されたことによって大きな間違いが発生したと私は考えております。
ですから、そういう意味では、先ほど、米軍の皆さんにも福島はもちろんお世話になっていますけれども、例えばそういうふうな危機的な状況の中で、実は双葉郡民の皆さんが六割、あの原発関連で命を懸けて福島県民の郡民がやっているんです。六、七割の皆さんなんです。公表していません、東電も、政府も把握していないなんて言っている、そういうことであります。これもお伝えしたいと思ったことです。 ありがとうございました。
特に、中間貯蔵施設を双葉郡内に置かせてくれと言ったあのときに、これだけ苦しみを双葉郡民の皆様方に与えていて、そして、さらに中間貯蔵施設をお願いする、おわびの言葉が見つからない。 私は、本当に平野大臣の誠意を感じました。これからも、その誠意を持って、被災者に寄り添って、被災者の目線でこの原発事故に対応してほしいと思います。 もう一つ、前の予算委員会で、私、常磐高速道路の開通をお願いしました。
そして、双葉郡民が風向きを知らされない。SPEEDIでその数字を入れて暫定値ではありますが出していたらば、余計な被曝しなくて済んだ避難の仕方もあったわけです。 寺田寅彦は、自然災害が全てではないんだと、人が人災をしてこれを更に大きくするんだと言っているんです。人災というこの問題点があるということなんです。
双葉郡民の総決起、その大会でした。待っていましたけど、お越しになれないで本当に残念な思いをしましたけれども。 総理、双葉郡の町村会長の井戸川町長が何と言ったか。閣僚の皆さんも御案内でしょう。私たちは国民じゃないのかと。どんな法律よりも国民の生命と財産を守るという、あのときにその初動の判断ミスがあったんですよ。まずは全面的に国家が出る。東電などは二の次の問題でありますよ。
自治の原理原則ということを今度は教授としての立場で声高にこの中でもしっかりした論点を持って、先般の答弁にもあった郡民会議等々のこともしっかりおっしゃってみえます。 まず、その四年前、そしてこれ五年前、そして五年後の二〇〇七年、一貫して大臣の持っている考え方は私は是としますし、そのとおりだと思います。
湯原議員も御承知の、例のと言ったら変ですが、郡民会議というのを鳥取県でつくりましたけれども、そのときに、選挙ではなくて抽せんという方法をとりましたらかなり手が挙がったわけですが、当初選挙でということを想定しておりましたら、かなりネガティブな意見も強かった。
徳之島では、四千二百人が参加した大規模な郡民大会が開かれました。沖縄に置きかえると、二十万人以上の集会が開かれたことになります。 私は、今や民主党の方針は国民から見放されていると思います。県内でも県外でも、移転は不可能だと私は考えております。鳩山政権は、まず無条件撤去の方向に姿勢を転換し、対米交渉に臨むべきだということを強く申し上げたいと思います。
○徳田委員 これは、当時の民主党の選挙対策委員長の赤松先生が奄美に来られて、そして、党として奄美の郡民に約束したものなんです。 中身については、奄振予算を継続する、補助金を交付金化する、ガソリン税は廃止して、これは暫定税率分だけではなく揮発油税分すべてを撤廃する、五十四円引き下げる、航空運賃の大幅値下げ、いろいろあります。
郡民所得は、先ほども申し上げましたとおり、百九十七万円ぐらいと、この水準はこの十年間、変わっておりません。しかしながら、航空運賃は、平成十一年、羽田—奄美間が三万四千二百八十円でした。これが、十六年には三万九千五百円、そして現在は四万六千二百円まで高騰しております。
昨年の六月二十四日、奄美振興会館におきまして、奄美開発特別措置法延長に向けての郡民総決起大会が、島民二千人が結集し、開催されました。そこには、当時の冬柴国土交通大臣も御出席を賜り、そして、自民党、公明党、そして民主党からは委員である川内博史議員にも、そして社民党、共産党からも参加をいただきました。
例えば、平成十七年度の一人当たりの郡民所得は百九十七万三千円でありまして、これは鹿児島の県民所得とは八六・八%、そして、一人当たりの国民所得との格差は六八・六%であります。二月一日現在の有効求人倍率は〇・三一と、極めて低い数字であります。 また、このように島ではまだまだ仕事がない、所得も低いということから、若い人たちが島から出ていく、そうしたことから人口減少というのが大きな問題になっています。
新石垣空港の建設場所の選定についても、政治的、社会的に紆余曲折があったところでございますが、今回、八重山郡民の総意で場所が決められたということを大変うれしく思っておる一人でございます。 内閣府としても、事業者による手続の確実な終了と早期の事業着手を期待するとともに、一日も早い開港を望んでおり、私もできる限りの支援をしていきたいというふうな決意でございます。
これは鳥取県の日野郡というところでしょうか、これは面白い事例があって、公選ではなくて、日野郡民会議というのを設けておられて、これは性別とそれから年齢によってクオータ制で、抽せんで選出された三十人の代表で構成された郡民会議というものを設けておられる例があるそうでございます。
例えば、賄いの寮母さんがいる郡民ハウスのようなものをつくってみたらどうかとか、そんなアイデアは幾らでも出るんです。ところが、交付税交付金の中で決められている、要するに、最低限のスペックを合わせようという画一的かつ一律的な行政のサービスをやろうと思うと、なかなからしさを出せないんですね。多様な行政のサービスをやっていきたいという思いはあっても先立つものがない、こういうことであります。
沖縄県、そして県議会、石垣市、市議会あるいは八重山の地元の皆さん、総意のもとで、今度、これまで二十六年にもわたる紆余曲折を経てきた位置選定、それが総意で決まり、八重山郡民の夢であり悲願でもある新石垣空港の建設は機が熟しているのではないか、私もその実感を持って、先日、石垣市から戻ってまいりました。
その意味でも、今私が指摘をしたようなことについて、積極的に開発庁の中あるいは運輸省との連携をとって推進して、郡民や県民の期待、これは何も八重山群島だけのことじゃないですね、沖縄全体の重要な二十一世紀に向けた政策課題でありますので、その点のお考えと、今私が申し上げたことについてどう取り組んでいかれるのか、決意を少し述べていただきたいと思います。
御承知のように、新石垣空港の建設というのは、これは八重山郡民の大きな願いでございますし、同時に現在の石垣空港が暫定空港である、こういう立場に立ちますと、何としても一日も早く新石垣空港をつくらなければならない、こういう思いでいっぱいでございます。
その離島県にあってさらに有人の離島が四十二もある、こういうことになっているわけでございますが、宮古の伊良部架橋、夢の大橋と言われております伊良部架橋の早期実現については、これは伊良部町だけじゃなくして今や宮古郡民全体の要望になっておるというふうに私は理解をしておるのでございますが、この伊良部架橋の実現へ向けて開発庁が今どのような取り組みをなさっておられるのか、この点についてお聞かせいただきたいと思います
だから、私はどっちに決まろうと、それは早く条件整備をしてつくることが八重山郡民の利益につながると思うわけでありますが、しかし農水省としては、二十年間これだけ精魂を傾けてこの土地改良事業をしてきた、そういう立場から、ここにつくることについて農林水産省は一体どういうふうな考え方をお持ちなのか、私は率直な意見を聞かせていただきたいと思います。